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289 五輪書を読む

289 五輪書を読む

このように書くと机に向かって姿勢を正して…とイメージされがちですが、実際は自室で寝ころびながら気楽に読む本、となってしまいました。歳を重ねることは恐ろしいことです。若い頃はあれほど苦痛だったこの本がリラックスのお供となるとは思いませんでした。

五輪書は江戸時代初期、宮本武蔵によって書かれた兵法書ですが、英訳本がアメリカでブームになるなど、生きるための心得を記した書物として有名です。また、表現があまり回りくどくないため、古文の入門書としても手頃なのではないでしょうか。日常的にも引用される個所が多く、『こんな表現も五輪書からだったのか』と思うことも少なくないように思います。

それでも敷居が高いとお考えの方には「五輪書入門」のような本も多数出版されています。まずそういったところから入ってみるのも一手段だと思います。とは言っても生徒さんにとって五輪書を読むことはハードルの高いことです。古文という先入観、ましてや昨今の読書離れではおいそれと手にすることは簡単ではありません。

しかし生徒さんを指導する側は読むべき本なのではないかと思います。言ってみれば日本一、世界一の『指導書』なのです。物事を教えることについて具体的に書かれている本としてこれ程のものはないと思うからです。いくつか挙げてみましょう。

宮本武蔵は目付(目線の付け所、相手の見方)についてこのように記しています。『観の目強く、見の目弱く』、つまりこれは全体を見ること(観の目)に主眼を置き、各論を見ること(見の目)は副次的に捉える教えです。これを勉強に当てはめると(些か強引ですが)問題全体を見ることに主眼を置くことを説いているのです。よく問題をきちんと読まずに解き急ぐ生徒さんがいます。全体を見てから解ければつまらないミスが減るように思います。

また、『神仏は尊し、神仏は頼まず』とも言っています。どうしても受験生はつまらないゲン担ぎお守りを握りしめて離さないことがあると思います。そんな気持ちを戒めているのです。その上で精一杯取り組むことの重要さを説いているようにも思います。

相手を知ることも重要であると説いています。五輪書は地・水・火・風・空の5部構成ですが、そのうちの風の巻では他流批判を述べています。具体的な流派名は伏せていますが、このような相手にはこういった対処を行うなどの具体的な対策を上げています。我々受験産業においても『傾向問題』『頻出問題』などの研究をしていることに近しいのではないでしょうか。こんな見方、考え方で読書をするのも面白いことだと思います。

武蔵は晩年の2年間、死の7日前までこの本の執筆を続けたと言われています。言ってみれば武蔵の遺書です。また、最晩年に書かれたものだけに建前や虚飾が少ないように思います。それだけに一度読んでおく価値がある一冊なのではないかと思います。