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696 作文 ~入試課題としての側面も~

696 作文 ~入試課題としての側面も~

小学生の頃はさほど拒否感のなかった作文が中学生になってからは・・・ということ、よく目にします。『作文は受験に必要だから・・・』と無理強いする大人とのせめぎ合いを強いられる中学生も少なくありません。

しかし、その小学生でも作文を苦手とするお子さんが増えてきたように感じます。原因は機会の喪失ではないかと考えています。

 

小学校の授業も最近は『解る子と解らない子』が明確に分かれているように感じます。解らない子は解らないことがどんどん積み上げられ、どれだけ努力しても追いつかない状況が生まれています。

保護者の皆様がイメージする小学校の授業は『解らない子がいると先生がマンツーマンで張り付き、解るまで・・・』『放課後に残して・・・』といった風景をイメージするかも知れませんがそれは今や幻影に過ぎません。

これは学校の先生方の怠惰、ではありません。システム上の問題です。それに、特定の子に居残りを命じると『あの子ばかり・・・』と苦情を貰うこともあるためです。

 

少し話が脱線しました。作文に話を戻しましょう。このような学力の二極化により語彙力や構成力に欠ける小学生は学校の授業時間内に作文を仕上げることが難しいのです。

学校の先生として、終わらない分は宿題で・・・としたいところですが、それもなかなか難しい。小学生の宿題は量が多いと効果は半減します。そこにボリュームが相当大きくなる作文を宿題にすることは難しいことなのです。

そんなことが重なると未完成の作文が増えていく、構成して最後まで書き上げる経験が出来なくなるのです。すなわち、成功体験への機会喪失です。そうなると意識的な側面からも『私はボクは作文が苦手』となるのは致し方ないことです。

 

もう一つ、これは中学生になってから起こる問題点です。小学生までの作文に求められることと中学生で求められることが根本的に異なることを見逃してはいけません。

小学生の作文目の前の事象について書くことが求められます。それに対して中学生に求められるものは事象に対してどう思ったか、どう考えるかが重視されます。

それにはどうしても胸の内を晒さなくてはならず、多感な時期に差し掛かる生徒さんには重荷です。また、微妙な心象を表す表現力、即ち語彙力も欠けていることが多いのです。

 

それなら高校受験のための作文はどうやって対処すべきでしょうか。作文は上記にあるように枚数を書かなくては習得できません。しかしやみくもに取り組んでも効果はほとんど表われません。

作文対策、実はこれ、当教室でもとっておきの奥の手なのですが少しだけ披露します。最初から原稿用紙1枚2枚の作文で満点を取ることは至難の業、それなら原稿用紙3行に収まるような意見作文で満点を取る練習をしましょう。

たった3行でも複数の文章を配するならそれなりの構成が求められます。あくまで正しい手順で相応の時間を掛けることが大切です。それらの手順をバランス良く膨らませて初めて入試作文は完成するのです。

 

問題集や参考書でも巻末に2~6ページ程度しか解説・設問のない作文、令和3年度千葉県入試でも国語で12点問題が出題されました。他にも独自課題で作文を課す学校があります。相応の準備をしますか? それとも作文全体を捨てますか?