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468 やりきる、と言うこと

468 やりきる、と言うこと

受験が佳境を迎え、また、非受験学年でも学年のまとめや新学年へのスタートダッシュが気になる時期となりました。この時期は勉強のやり方・進め方進路選択方法などについていろいろな方面から情報が溢れんばかりに出される時期です。迷っちゃう・・・生徒さんからはそんな声も聞かれます。

ただ、どの意見も時流に押し流されている面を覗かせています。『効率的に』『要領よく』等など・・・。決して悪いことではありませんが、それらの論調は目的を見失っているようなものも少なくありません。キミたちの最終的な目的は『要領よく』ではなく『志望校に行きたい!』『勉強の力を付けたい!』だと思うのです。その過程が要領よく歩めればその方が良いと考えている筈です。

先日テレビをぼんやりと見ていたら伝統工芸の職人さんがインタビューに答えていた映像が目に入りました。その職人さんはまだ若く、ご自身も修行中と仰っていました。そんな方の言葉が耳に残りました。

その職人さんは『やり切ることは大事なこと。今の世の中は程々とか適度にという言葉が主流派だが最初から最後までやり切ることがまずスタート地点に立つこと。』『その上で物事をやり過ぎてはいけないが、最初から加減してやらなさすぎれば永遠にゴールに着くことは出来ない。』『一度や二度はやり過ぎる失敗をしてから少しずつ手数を加減をしていくことが大切なことだ。』と話していました。

映像を見てもその話からもその職人さんは常に工夫をしている様子が感じられました。決して『これはこうだから・・・』と先入観に従った仕事をしているわけではないことが感じられます。常に考えてより良いものをと考えているからこそ良いものができると感じました。

『無駄だから・・・』とやる前から省いてしまうことは賢明な選択と思われがちですが、もしかしたらそこに宝の山があるかもしれず、それをみすみす捨ててしまうこともあります。まさに諸刃の剣なのではありませんか? そんな選択にどう対処するか私たちは考えなくてはなりません。

毎日の学習で『計算練習は無駄だから・・・』『漢字練習なんてテスト前にやれば良いよ!』と思っている方がいるならそれをやり切ってからその判断をしても良いのではないですか? 計算が全てきちんと出来るようになる、漢字は自在に使えるようになる、そうなればそんな勉強を無駄と思うことは決してないはずです。

私自身も学習塾の教室運営業務に就いてからもうウン年、み春野の教室に来てから2020年の秋で10年になりますが、この仕事を始めた当初はマニュアルにあることを全て生徒さんや保護者の皆様、そして教室運営をサポートしてくれた講師諸氏に対して伝えていました。しかしその中には無駄なこと理屈に合わない感情論があったように思います。

 

自分で切り拓いたものだからこそ『これは無駄だな』『要らないものだな』と判断できるのではないでしょうか。そんな中で当教室に通う生徒さんにはより洗練されたものを提供できるように心掛けています。