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419 卒業生の自習来校

419 卒業生の自習来校

例年、秋も深まる時期になると卒業した先輩方が次の進路を目指すために自習利用する姿が見られます。高校に入って2年半、暫く見ないうちにすっかりと大人びた風貌に驚かされることもたびたびです。彼ら彼女らを見ていると本当に充実した日々を送っているのだなと思わずにはいられません。

中学生の頃は受験の一ヶ月前になっても机に向かうことができず、塾で何とか椅子に縛り付けるようにして勉強させた先輩もいます。でも大学受験は自分から進んで目標を立て、勉強の計画も模試の受験手続きも全て自分でやったという卒塾生もいました。

また、高校受験の時は本当に滑り込みで塾に入り、掻き込むように勉強させた先輩も『大学入試は少し余裕を持って、進路選択もきちんとしたい』と高校入試の反省を活かしていました。そうなれば高校入試が滑り込みになったことも意味のないことではなくなります。反省を次に活かすことはどんなことだって大事ですよね!?

そんな先輩たちからも『今度自習に行って良いですか?』と自ら進んで連絡をくれるようになります。きっと高校に入ってから色々な出会いがあったに違いありません。それもこれまでの価値観を変えるようなとびきり良い出会いが・・・

 

そんな彼ら彼女らの思いに現在の入試制度は応えられるのか甚だ疑問です。それならいっそ、と思うこともありますが、現状の日本における社会の仕組みがそれを許してくれないのは周知の事実です。中卒より高卒が、高卒より短大・専門卒が、短大・専門卒より大卒が、大卒より大学院卒が厚遇されることは事実です。

その大学も半ば序列化されています。あたかも社会に出るための整理券を配布しているように感じるのは私だけではないと思います。その整理券を得るため、これも序列化された高校入試に臨む・・・何だか少し淋しく思うことがあります。

大学入試改革、そのこと自体は非常に意義のあることだと思います。しかしそれが原因で高校の授業を破壊してしまう(言い過ぎかな?)のは本末転倒です。巷間喧しく(こうかんかまびすしく;世間があれやこれやと賑やかに議論すること)言われている英語の4技能だって・・・大学の授業でこれまでそれができているのでしょうか。高校で基礎を作って下さい、大学はそれを磨き上げますから・・・となるなら納得できるのですが・・・ それなら『大学の授業改革』『高校の授業改革』を優先して議論すべきなのではありませんか?

現状を見て今後のことを言い切ってしまうのはいささか乱暴ですが、入試改革を断行して英語4技能判定システムを作っても変わらないのではないでしょうか。英語学習は中学から大学4年までやったとして10年の学習、それでも日常生活で支障のない程度に喋れるような人材は・・・1~2割育てば良い方なのではないでしょうか。

 

教室で自主的に頑張っている卒業生の姿を見てちょっとノスタルジックな気持ちになっているのかもしれません。彼ら彼女らの努力が望む形で結実することを祈るような気持ちでただ見守っています。